輝Rockコラム #60 ゲームのプロライセンスは一般人にはどう見えたのか

TeruRock-60-1

こんばんは、DEAD OR ALIVE(以下DOA)プレイヤーの輝Rockです。
今回はなにかと話題にこと欠かないゲームのプロライセンスについてです。

Jesuが闘会議にて発行した、ゲームの「プロライセンス」制度。
私の周辺のゲーマー達からは、訝しげな目で見られることの多いこの制度。
ですが、逆にゲームをやらない人、いわゆる※一般人からはどのように見えているのでしょうか。
今回は周囲の反応を見て個人的に感じたことを書いていきたいと思います。

※普段ゲームをしない人のことを本文では敢えて「一般人」と書きます。

いい意味で素直

ゲームやeスポーツがテレビや雑誌等で取り上げられることの増えた昨今。競技ゲームの存在は、日本でも徐々に一般にも認知されつつあるように思います。
ライセンス制度の詳細や問題点はさておき「日本でもゲームで生計を立てる人が一定数居る」ということが、プロライセンスという言葉の登場によって広く認識される上でのキッカケになったように感じます。また、それによってゲームを取り巻く環境と制度が徐々に整備されつつあると評されることもしばしば。

「プロライセンス」という単語を耳にすると、どうしても古くからのコアゲーマーにしてみれば胡散臭く聞こえるかもしれませんが、逆に一般人にとってはキャッチーな単語であり、それによってゲームを知ったという人はどうやら多そうです。

表立ったネガティブ意見は以前に比べて随分と減った

私が感じた一般人のゲームやプロゲーマーへ対する感覚は「遊んでお金を稼いでいる」「好きなことをやって金をもらっている」といったよく言われるネガティブなものよりも、素直に「ゲームが上手い、プロってすごい」というような、ポジティブな意見を多く聞くようになりました。これはあくまで筆者個人の周辺に限ってのことなので、それは筆者がコアにゲームをプレイしていることを知っての発言かもしれませんが、頭ごなしに否定する意見というのは、それこそ何十年も前に比べると随分と減ったように思います。
それだけ日本人の考え方が、徐々にですが先進的になりつつあるのかもしれません。

地盤を形成したのはプレイヤー

ただし、今のゲーマーという存在の、世間一般への浸透やリスペクトといった、受け入れられつつある風潮というのは、決してプロライセンス発行による成果ではありません。当たり前っちゃ当たり前ですが。

現在のプロゲーム界隈の環境があるのは、ひとえに各ゲームごとのコミュニティやプレイヤーの努力によるものだと思っています。
格闘ゲーム界隈でいうなら、現役のプロプレイヤーや、現場のプレイヤー達による積極的な活動があってこそです。それは恐らくどのジャンル、どのゲームでもそうだと思います。

しかし「プロライセンス」という言葉の耳触りの良さは、一般人ウケが良いことは間違いないでしょう。いかにも日本人が好みそうな単語ですよね、ライセンス。

何度目かの元年を経て、ようやっとスタートラインに立ったのかも?

最近ではゲームやeスポーツといった単語がテレビや新聞を賑わす機会も多くなり、それだけ一般人に向けて「ゲーム」という存在が発信される機会は多くなりました。結果として「どうやらゲームは盛り上がってるらしい」という目で見られつつあります。実情はさておき。
また、闘会議2018を終えてプロライセンスを有するプレイヤーも多数生まれ「ライセンス保有者」が今後どのような活動、活躍をしてゆくのかにも注目が集まる点でしょうか。

ゲームやeスポーツがより広く認知されつつある今だからこそ、つまらない失敗で足をすくわれることのないよう、制度や法律関連の決め事は慎重に進めて頂きたいと願うばかりですね。

また、前述したように界隈を本当の意味で創ってきたのはプレイヤー達です。
しかし、だからこそプレイヤー個人単位での素行であっても、ジャンルを象徴するものとして見られかねないのもまた事実です。勿論趣味でやっている人が大多数だし、全員が全員「ゲーム」を背負って立つ必要もないとは思いますが、世間一般の人からしてみれば「ゲーマーの◯◯が☓☓していた」といった場合に「ゲーマーは☓☓だ!」という極端な見られ方をすることがあるのは覚えておきましょう。

もし何か問題が起きようものなら、世間はあっという間に手のひらを返すでしょうから。

コラムカテゴリ: 
ニュース